読書を生きる糧とする

書評ブログです。個人的な見解も盛り込んで、読書から得られるものを人生の糧としています。

人間とはいったい何かという疑問について

こんにちは、Jikosです。

 

今回は、ルフレッド・アドラー著『人間の本性』についてです。

アドラー心理学などで有名ですね。そんな中でも、今回はこの本をチョイスしてみました。理由は、そこにあったからです、笑

 

内容としては、人格形成にいたるまでの要因について語られています。

心理学は、そんなに興味はなかったので、あまり読んでこなかったでのですが、感想としては、「そうなんだなー」くらいのものでした。軽くてすみません、

 

特筆的な、内容ですが、アドラー曰く 人格形成は、遺伝によるものでなく、環境による要因が大きいとのことです。後天的に、性格は形作られていくということですね。

環境要因としては、やっぱり育った環境、性差であったり、家庭環境、兄弟姉妹の有無、もしくは生まれてくる順番というもの関係しているそうです。絶対というわけでなく、単純な比較はできないと思われますが、あくまで、そのような性格になる傾向があるということです。

 

これを読んで、思ったことは、人間の性格というものは、外的な要因が大きいということにとても驚きました。パーソナリティというものは、その人個人のものであるのに、それを作り出すためのよういんは、周囲に影響されるなんて、、

幼少期に育った環境が、その子の将来の性格の根っこの部分になるんですね。

また、アドラーは、人間の性格は、子供時代から変わらないとも記しています。

それだけ、幼少期の環境、とりわけ教育にもつながっていくのだと思いますが、大切だということなんですね。

 

大人になった自分が言うのもなんですが、「もう手遅れじゃん」

今現在の自分の性格で、これからの人生を生き抜くしかないじゃん。やるしかないじゃん。

という、ポジティブシンキングに切り替えました。

 

今日は、そんなとこで。

 

 

 

人間の本性: 人間とはいったい何か

人間の本性: 人間とはいったい何か

 

 

 

<幸福とは何か?~哲学者たちが考えていたこと~>

こんにちは。Jikosです。

 

しばらくぶりです。

今日は、著作『幸福とは何か ソクラテスからアラン、ラッセルまで』を読んだことについて考えます。長谷川 宏氏が書かれたタイトル通り、「幸せとは」についての問いを古代~現代の哲学者たちの思想を引用して、展開しています。

 

このブログのテーマとも密接に関わっていることなので、よく読んでみました。が、難解でした。(笑)個人的な感想です。

 

現代人もさることながら、古代から人間にとっての最大級の問いですね。幸福とは一体何なんでしょうか?

 

哲学者たちの「幸福とは何か」に対しての見解をピックアップしてみましょう。

 

「幸福は、最高善」アリストテレス

行動の目的となる善には、さまざまな種類があり、善の程度には、大小・高低のちがいがある。中で、最も高い、最も優れた善を「最高善」と名付け、その特質を「完結した目的」「自足した目的」「最も望ましい目的」といったふうに定義する。

最高善とは、人間のめざすべき最高の目的であり、それを目指すことが人間にとってこの上ない生きがいとなる。これが、「幸福」である。

 

⇒すごい真面目ですね。完璧主義とでもいうのでしょうか?THE哲人の思想といえるでしょう。

 

「最大多数の最大幸福」ジェレミーベンサム

自然は人類を苦痛と快楽という、二人の主権者のもとにおいてきた。われわれが、何をやらねばならぬか指示し、なにをするであろうか決定するのは、ただ苦痛と快楽だけである。苦痛と快楽とは、われわれが行うすべてのこと、われわれのいうすべてのこと、われわれが考えるすべてのことについて、われわれを支配しているのであって、このような従属を払いのけるためにどんなに努力しようとも、その努力はこのような従属を証明し、確認するのに役立つであろう。功利性の原理はそのような従属を承認し、そのような従属を功利性の思想体系の基礎と考えるのであって、その思想体系の目的は、理性と法律の手を借りて、幸福の構造を生み出すことである。

 

⇒解説によると、ベンサムは、「苦痛」と「快楽」という「経験」こそが、幸福を生み出すものだと言っているそうです。

人間が社会の中で他人とともに行動し、快苦、憎悪、幸不幸のあらゆる場面で他人と交わることこそが人間の本来の姿である。と言っています。他人と共感することともとれますね。

 

「常識の立場」ラッセ

わたしの目的は、文明国の大多数の人が苦しんでいる、日々の、ありふれた不幸にたいする一つの治療法を提示することにある。その不幸は明確な外的原因をもたないために、逃れがたいものに思え、それゆえにいっそう耐え難いものとなっている。わたしの信じるところ、この不幸はその大半がまちがった世界観、まちがった倫理、まちがった生活習慣によるもので、それが昂じると、人間であれ動物であれ、すべての幸福の大本となる、さまざまなものごとにたいする自然な熱意や欲求が破壊されるのである。こうした事柄は個人の力でどうにかなることであって、だからわたしの提案しようとする変化は、個人が人並みの幸運にめぐまれれば自分の幸福を達成できるような、そんな変化である。

 

⇒言いたいことは、気の持ちようだとうことですね。本人が不幸と思うかどうか、その不幸が深刻かどうかは、見方を変えれば、また不幸は、本人の気の持ちようで乗り越えられちゃうっていうことを言いたいのかなと。すごいポジティブシンキング!

 

加えてー

幸福の秘訣はこう定式化できる。あなたの興味をできるだけ広範囲なものとすること、そして、あなたの興味をそそるものごとや人物に対するあなたの反応を、敵対的なものではなく、できるだけ友好的なものとすること。

 

⇒これは、社会に生きる人間がばらばらな個に分断され、孤立が強いられ、興味が分断された現代において、興味を広範囲に広げること、ものごとや人物への興味をできるだけ友好的なものにすることが、病的な社会を苦しまずに生きるための処方だとしています。要は、いろんなことに興味をもって、交流しましょうといことですね。

 

長い文章になってしまいましたが、ここで紹介したのは、本著のほんの一部分です。

この本を読んで、「幸福」の答えとは違いますが、幸福とは何かを考える上でのヒントを得られたような気がします。それは、普段の生活にある何気ないものであるのかと。それ以外にも、幸せを感じることやモノは、個々人によって違うと思いますが、私の幸せは、読書ということにしておきましょう。笑

まだ人生は長いので、幸せとは何かを探りながら、日々を過ごしていきます!

とりあえず!

 

今日は、そんなとこで。

<過ぎたるは及ばざるがごとし “渋沢栄一”>

こんにちは。Jikosです。

 

今日は、著作『現代語訳 論語と算盤』を読んだことについて、まとめます。著者は、今度の一万円札に起用された渋沢栄一氏です。

どんな人なのかを簡単にまとめますと、「日本資本主義の父」と呼ばれるほど、日本経済に大きな影響を与えた実業家です。

 

元々、豪農の生まれで、尊王攘夷明治維新の時代に活躍した人物です。大久保利通西郷隆盛たちと一緒に日本政治にも参画していました。なので、元々は、政府の役人さんなのですね。大蔵省にいたそうです。しかし、明治政府の中心人物であった大久保利通渋沢栄一との仲は悪く、当時の上司であった井上馨の辞職を機に、辞職します。

その後、実業界へと進出し、第一国立銀行(現在の日本銀行)設立に続き、様々な日本の企業立ち上げに大きく貢献した人物です。(現在の王子製紙東京海上火災日本郵船東京電力東京ガス、帝国ホテル、サッポロビール、JRといった大企業の前身となる会社を設立。それ以外に数百もの企業設立に携わっています。)

 

というような、人物紹介をしましたが、渋沢栄一氏は、生涯を通して、儒教を学び、実業でもその教えを実践していたんですね。この本の中でも、儒教について広く学ばれるべきだと啓蒙しております。

 

そんな中で、この本の中で述べられている渋沢栄一氏の考えを少しピックアップします。渋沢氏は、「実業とは何か」という問に対し、人々に十分なものが行き渡り豊かになることを掲げています。その中でも、決して利己主義、過剰な利益追及はしてはならないと思っていました。この利益追求の暴走を止めるための仕組みが必要だということで、渋沢氏は、『論語』を勉強していました。

(『論語』は、中国の思想家である孔子の教えです。多分、学校で勉強しているアレです)

まあ、ざっくりになりますが、ここで述べられているのは、人間の誠実さ、素直さ、、すごい当たり前のことなのですが、それこそが、人間の欲望の暴走を止められるためのブレーキだと言いたいんですね。また、利益追求を真っ向から否定しているわけではなく、正攻法で利益をあげなさいよと、自分のためだけに利益を上げるんじゃなく、社会全体のためにもねっていうことが言いたいんじゃないかと解釈しました。(個人的にですが、、)

 

プチ情報ですが、人間的に立派だった渋沢栄一も、女性関係に至っては、だらしなかったそうです。奥さんの他にも、妾がたくさんいたんですね。財産相続問題は、さぞかし揉めたのだと思います。男って、、、、

 

実用的な本なので、気になった方は、ぜひ一読してはいかがでしょうか?

 

今日は、そんなとこで。

 

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)

 

 

 

 

 

 

 

<「利息」は、ヨーロッパ商人のこじつけ?、昔は「インサイダー取引」やりたい放題の時代?>

こんにちは。

Jikosです。

 

今日は、著作『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ —500年の物語』を読んだことについて、まとめます。

 

田中靖浩氏の著作なのですが、なんでこの本を読んだかというと面白そうだったからです!!笑

実際、【会計】というすごいとっつきにくいテーマですが、この本は、会計全般の成立や歴史を物語形式で展開されていくので、とても面白かったです。

主に中世~現代にかけての歴史を背景に、簿記、会計、ファイナンスの仕組みの出現と発展についてまとめられています。

私自身も、会計の知識0で読んだのですが、読みやすかったです。

 

表題についてですが、作中で出てくる実際の歴史上の事実なのですが、個人的に面白いなと思った内容だったので、取り上げました。

ちょっと紹介します。

 

・「利息」は、ヨーロッパ商人のこじつけ?

中世ヨーロッパ、中国・インドから香辛料・ワイン・茶・陶器・織物といった品々がイタリアを通じて、ヨーロッパへ広まっていきます。これが東方貿易ですね。

当時のイタリアの立地が、東方とヨーロッパを結ぶ玄関口として絶好の場所でした。

イタリア発で東方の品々を各ヨーロッパ地方へ商人たちが運ぶのですが、道中の危険は、ついてくるもの。特に、船で運ぶ際、多数の海賊(この頃は、まさに大海賊時代ドンピシャ笑)や悪天候による船の沈没というリスクもはらんでいました。

そんな商人たちを助けるために開発したのが、イタリアのバンコ(Banco=銀行)だったんですね。商人たちは、バンコのおかげで現金(キャッシュ)を持たずに、航海ができるようになりました。キャッシュレスですね。

 

このころのバンコは、主に両替商としての役割が強く、為替手形取引を通じて、その際の手数料で荒稼ぎしていたみたいです。どんどんバンコの勢いが増し、ヨーロッパ中に拡大していきました。

 

ここから、お話が表題について触れるのですが、当時のバンコは、「融資」いついては、及び腰だったそうです。

それは、なぜかというと

・中世では、キリスト教は、商人が「利息」をとることを禁じていたのです。

というもの、キリスト教において、「時間は神のもの」だったからです。

時間は神の所有物だから、そこから生じる「利息」は、神のものだったんですね。

そんなことってある???って感じですね。ただ当時のヨーロッパの人々にとっては、それが常識だったのです。

そのぐらい中世ヨーロッパにおいて宗教という力は絶大だったのですね。。。

しかし、現実問題として商人側としてお金を借りたいというニーズが存在していました。

 

キリスト教の「利息の禁止」は異教徒には適用されないため、ユダヤ教徒は、金貸しをすることができました。というより、金貸しという融資の仕事は卑しい仕事としてユダヤ人に押し付けられていたのです。利息には、「ウズーラ」という名がつけられていました。ユダヤの金貸しも軽蔑の意味を込めてウズーラと呼ばれていたそうです。かわいそうですね。。。

 

借りたい商人と貸したいバンコの前に立ちはだかるこの「ウズーラ」問題を解決したのでが、これら融資にあたって「これは利息」ではないというこじつけだったのです。

融資の見返りに受け取るお金は、「それを他に使えば得られたであろう儲け」の代償だいう言い訳が使われました。

この「失われたチャンスの補償」は、ウズーラと区別して「インテレッセ」と呼ばれました。このインテレッセがinterest(利息)の語源なのです。笑

当時、堂々と利息が取れない時代に、商人たちは、屁理屈やごまかしが横行していたのですね。

 

・昔は「インサイダー取引」やりたい放題の時代?

 

についてですが、長いですね笑。。。

気になる方は、本著を確認してください。また続きを書くかもしれませんが、、、

 

今日は、そんなとこで。

 

会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語

会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語

 

 

 

 

 

 

 

 

<転職の思考法 〜being型人間を目指す〜>

<to do 型 と being型>

 

こんにちは、Jikosです。

今日は、著作『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む転職の思考法』を読んだことについて、まとめます。

北野唯我氏の本著ですが、一昨年に発売されたのにも関わらず、いまだに本屋さんにも目立ったところに置いてあったので、今回取り上げました。

 

まあ、自分自身も含め、転職に迷ったら、ふっと腑におちることが書かれています。

中でも、私自身が感銘を受けた内容が、表題にも挙げた「to do 型とbeing型」人間の違いと仕事観についてです。

 

・人間には、「何をするか」に重きを置くto do 型人間と、「どんな人でありたいか、どんな状態でありたいか」を重視するbeing型の人間がいる。

・99%の人間は、being型である。だから、「心からやりたいこと」がなくても悲観する必要はまったくない

 

上記は、本著の巻末にあるまとめを引用したのですが、自分自身も仕事についてずっと悩んでいたので、この本を読んでそういう考え方もあるんだなあと、納得しました。

 

取り上げた内容以外にも、転職市場の動向や市場価値について、また会社選びをする上での見るべき基準についても、まとめてあります。

何より、物語形式で話を展開して、そのようなエッセンスをお話しに組み込ませながら、触れてくれているので、単なる指南書ではなく、主人公に共感しながら、もしくは主人公と比較しながら、読めれる読みやすさもあります。

(主人公・青野が、転職エージェント黒岩と出会い、これからの自分自身のキャリアについて考えていくといった内容になっています。)

 

青野さん(私より年上なので)自身も、今後のキャリアについて悩んでいるんですね。。。(専門性とは?会社の将来性?本当にやりたいこと?やりがい?)

 

あと、著者自身も、転職自体については、肯定派で、これからは、転職が当たり前になる時代を目指しているんですね。

「自由な転職は、この国を変える特効薬である。」と謳っています。

 

・人口減少に伴う、働き手不足、

グローバル化に伴う、外国人人材の活用

・テレワークといった働き方自体の変化

 

いろいろな背景が、働き方自体にも影響を与え、変化せざるを得ない時代になっているんでしょうね。(転職の思考法とは、ちょっと脱線しましたが、、、)

 

まだまだここでは、触れられない点もあるので、興味を持った方は、ご一読を。。

 

今日は、そんなとこで。

 

 

このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法

このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法

 

 

<金を愛せ>

<金を愛するとは、考えるということ>

 

こんにちは、Jikosです。

 

今日は、著作『インベスターZ』を読んだことについて、考えます。

ええと、漫画です!笑 『ドラゴン桜』等で有名な三田紀房先生の作品ですね。

 

学園ものになるのですかね?あらすじは、主人公の中学一年生の財前孝司が、道塾学園に入学し、成績優秀な財前くんは、極秘で活動している投資部に入部することになるんですね。そこでなんやかんや、投資に関わるストーリーが展開されていくのですが、コレすごい面白かったです。すごい勉強にもなりましたし、元々『ドラゴン桜』のファンだったので、それも相まって楽しめました。21巻あります!

 

表題の、「金を愛せ」というセリフは、最終巻で出てくるんですが、(オチいっちゃうとまずい?)なんか、かっこ良かったので、取り上げました。

財前くんのセリフなのですが、財前くん曰く、「愛するとは、考えること」なのだそうです。深い!!

 

それ以外にも、日常生活で何気なく存在しているが、我々がスルーしているような問題にも漫画を通じて、発信しているんですね。(投資って何?お金って何?不動産?保険?ベンチャー?何々?)物語仕立てで、すーっと頭に入ってきて、あとで自分でも調べてみようって気が湧いてくるんですね。。。

 

フィクションなんですが、実際の市場や社会問題にも通じて、リアルに感じられる点が、またなんとも好奇心を刺激してくれるんですね。

 

ドラゴン桜』に勝るとも劣らない、『インベスターZ』。ご興味ある方は、ご一読お願いいたします!

 

今日は、そんなとこで。

 

 

インベスターZ(1)

インベスターZ(1)

  • 作者:三田紀房
  • 出版社/メーカー: コルク
  • 発売日: 2013/09/20
  • メディア: Kindle
 

<ドーナツ経済学が世界を救う?>

<21世記の経済学 経済成長は必要か>

 

こんにちは。Jikosです。

 

今日は、著作『ドーナツ型経済学が世界を救う 人類と地球のためのパラダイムシフト』を読んだことについて、考えます。

 

経済学者ケイト・ラワース氏が書いた本です。割りかし、最近の本で、タイトルに惹かれてつい手にとってしまいました。笑

 

この本で述べられていることは、現在の利潤追求する世界について疑問を投げかけています。毎年ニュースで出てるGDP何%上昇したとか、貿易黒字がいくらで、貿易赤字がいくらだ といったことが取り沙汰されていますが、ラワース氏は、もう経済成長なんてしなくてよくね?もう高度経済成長を経て、モノも豊かになって普通の暮らしが先進国ではできてるから、富の再分配をしようぜってことが、語られています。

 

うーん、どうなんでしょうか?確かに、私自身も物欲はないほうですが、、、

インフラも整っていて、コンビニもありふれている日本だと中々、その豊かさを感じにくことかもしれませんが、幸せってなんなのでしょうか?

 

ラワース氏自身も、市場の成長が飽和された感を感じているのかもしれません。

よく取り上げられている話が、世界の富80%が、1%の富裕層に集中していて、残りの20%を残りの人々で分けてるって話がありますが、、、(この話は、今回関係ありません笑)

 

主題になるのが、ドーナツ経済学です。ドーナツってなんなのって話ですが、ラワース氏は、終わりのない経済成長を目指すのではなく、限られた資源の中で、どのように人々に分配し、みんな幸せになっていくかを考えています。それを図にしたのが、ドーナツ型の図になるのですね。そこでは、20世期経済学から21世期経済学にシフトする上で必要な7つの思考法、また、そのドーナツが項目ごとに分けられているのですが、それは本著を確認してください。

 

あと自然保護の観点からも、経済成長の必要性にも疑問視しています。産業には、どうしても自然破壊につながる負の部分もあります。そんなことしてでも経済成長するんか?ってことを思っています。地球は大切な資源ですからね。

 

ラワース氏は、現在の資源だけでうまく分配すれば、みんなに行き渡るんじゃね?って主張しています。あと物質的な豊かさの脱却も、支持しています。ミニマリストってやつですね。

 

シェアリングエコノミーやコト消費といったワードも出現する中で、今後もそういう人々の嗜好も、変化していくんじゃないでしょうか?

私自身も、この本を読んで、思考もとい嗜好を変えられたのでしょうか??

 

今日は、そんなとこで。

 

 

ドーナツ経済学が世界を救う

ドーナツ経済学が世界を救う